マジック一本で安否確認伝達

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阪神・淡路大震災は未明の出来事で、家族全員が一か所に集まっていたことが不幸中の幸いだった。もし、日中に起きていたら、夫は会社、子供は学校に行っており、家族との連絡をどうとるかでパニックが起きただろう。電話連絡はとれない、電車はストップ、車は走れないとなったら、連絡のとりようがなくなる。首都圏の場合、一時間や二時間の通勤時間はザラだから、もし、徒歩で自宅に戻ろうとすれば道路が壊れていなかったとしても半日がかりとなる。筆者の知人の一人は、阪神・淡路大震災の後、わざわざ日曜に会社に来て自宅まで徒歩で帰ってみたという。地図上では国道四号線をまっすぐに下れば家にたどり着けるが、実際に歩いてみないと道路の状況はわからない。家まで八時間かかったそうだが、これで万一地震が来ても、歩いて帰れるメドが立ったという。この自信は大きい。共働きで保育園や幼稚園に子供を預けている家庭では、電話や交通網がマヒすることを念頭に置き、どのような手段で迎えにいくかを考えておかなければならない。離れ離れになった家族が落ち合う場所を決めておくのは必須の大原則である。被害規模が大きくなればなるほど、連絡が途切れた肉親や知人の安否を気遣い、難を免れた当人は自分の無事をなんとか伝えようと必死になる。運よく脱出できたとしても、今度は、自分がどこに避難できたのかを知らせなければならない。しかし、その手段がない。被災地では、特設の臨時電話や、テレビ、ラジオ、パソコン通信のネットワークが安否情報・生活情報を伝える主要伝達手段となったが、それでも被災直後の混乱の中でフルに機能を発揮するには時間を要した。その一方で、もっとも原始的ともいえる「張り紙」が意外に優れた情報伝達手段として活躍した点は見逃せない。被災したある主婦がへテレビレポーターのインタビューに答えていた言葉が印象的だった。「小物であったほうがいいと思ったのはマジックインキです」
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マジックインキが防災用品になるというのは誰も気がつかなかったと思う。預金通帳や土地の権利害は持ち出しても、マジックインキは思い付かないのが普通だ。その主婦は、10人目の順番を待ってやっと一本貸してもらえたという。紙はなくても、マジックインキ一本あれば板切れにでも何にでも書ける。家族や親戚・知人への情報伝達手段として、非常持ち出し用品のひとつにぜひ加えておきたい。小さいものだからどこにでも入るはずだ。


避難所はしっかり確認しましょう

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行くのに時間がかかる避難所は現実的ではない。都内には、平常時でも、歩いて数時間かかる広域避難所がある。これなどは、行政サイドにもっと見直しを図るべきだと声を大にして言いたい。広域避難所の近くに住んでいる人以外は、大多数が行けない現実を思い知るべきである。リュックを背負って避難する場合、平常時10分間で行ける距離が限度。それでも、障害物が出てくれば、すぐに20分~30分はかかる。避難所の広さは最低でも100平方メートル。運悪く大火災が発生し、火炎が風上のほうから迫ってきたときでも、これくらいの広さがあれば逃げられる。しかし、一か所確保しただけでは安心できない。なぜならば、そのときの風向きで、どこで火災が発生するかわからないからである。少なくとも徒歩で10分以内の距離のところに三か所は確保しておくことが必要である。148万人が被災した関東大震災の大火災で延焼を阻止したのは公園と緑地だった。阪神・淡路大震災の被災地では、延焼を阻止する緑地が不足し、避難路が狭かったことが被害を大きくした。公園も秋は枯れ葉に引火するおそれがあることを考えれば、理想的な避難所は、小中高等学校のグラウンド、または市民グラウンドや広い駐車場ということになる。
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小中高等学校など鉄筋コンクリートの建物は、屏風になって延焼をくい止めてくれる利点もある。家族とは、三か所の避難所のどこかにいるということを約束し、よほどのことがないかぎり動かないことが大事である。


避難所は10分以内に通える距離に3か所

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避難場所の案内や危険区域、食料・毛布の備蓄、井戸などを記した「防災マップ」は各市町村で作成しているようだが、一般家庭にまで行き渡っていないのが実態である。いざ、地震や火災が起きたときにどんな行動をとるべきか、「家族防災会議」を開いて対応策をあらかじめ話し合っておくとよい。それと同時に、日ごろの防災チェックも必要である。家具類が倒れないよう固定されているか、ガラス戸棚などに飛散防止フィルムが張られているか、非常持ち出し品は万全か、浴槽やバケツに水は張ってあるか、消火や応急手当の方法は理解しているか、どこから逃げどこに避難するか。とくに避難場所の確認は重要で、月に一度は家族で避難シミュレーションをしておきたいくらいである。歩いて五○○メートルくらいのところに小学校がある、あるいは、こちらへ行くと中学校がある、ちょっとした広場やグラウンド、避難するのに適した場所はどこにあるか、まず、それをシミュレーションしてみたい。しかし、これだけでは不十分。なぜなら、災害時には、避難所へのルートがどのような状態に変容するか予測しがたいからである。電柱が倒れ、建物や塀が崩れ、歩道橋や用水路もすべて遮断されるという最悪の事態を想定しなければならない。そのことを家族が一緒に散歩することで実際に確かめてみる必要がある。
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年に一度などと悠長な態度ではダメである。老夫婦なら毎日、目をつぶってでも行けるような避難所に散歩するのが望ましい。避難所まで実際に歩いて確かめる。実行するか否かは生死の分かれ目と言っても過言ではない。


これからは地下室に注目

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これからは地震対策としての地下室の効用に注目すべきだろう。地下室は、できれば二つほしい。一つは、ふだん書斎として使ったり、金庫の置き場にもなる10畳ほどの地下室である。これには、内装は別として800万円、坪150万円前後かかる。もう一つは、三畳程度の地下貯蔵庫。これだと250万円~300万円くらいでできる。いずれの場合も、地震や火災が収まるまで待機するのに十分な空間である。
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ついでながら、関東大震災の焼け野原の中で助かったというこんな人の例がある。路地に出たとたんに両側の家が倒壊し、そこから猛火が吹き出した。もう一方のほうへ逃げようとしたが、風上でがんがん火が攻めてくる。風下に逃げた人はことごとく焼死。これはもう逃げられないと観念したときに、金魚を飼っている畳二枚ほどの池が目に入った。地震は収まっていたので、すぐ家に飛び込んで布団を引きずり出した。それをびちゃびちゃに濡らして水を含ませて、次に畳二枚を水で浸した。池に布団を置き、上に畳を置いた。その中に身を潜め、わずかな空気層の中で耐えに耐えた。不思議なことに熱は下にこない。家が燃えるのに一時間を要しなかった。パチパチした音がしなくなったときに、ホッとして顔を出したら、髪の毛や眉毛に熱風でボッと火がついた。しばらく待って外に出たら、なんと畳はこげてもいなかったという。蒸発潜熱が救ってくれたのだ。


地下室なら命と財産を守ってくれる

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外へ出れば瓦が降ってくる、隣の家のガラスが割れて飛んでくるかもしれない。かといって、家の中にいるのは恐い。そうなるともはや生き残る場所は地下空間しかない。数年前、アメリカのフロリダで大規模なハリケーンが起きたとき、死傷者は意外に少なかった。家の基礎だけが残るほどの被害を受けながら死傷者を最小限にくい止められたのは、被災者の大多数が地下室を持ち、ハリケーンと同時にそこに避難したからである。ドイツでは、幾度かの地上戦の体験を重ねた結果、一般家庭でも地下室があるのは当たり前となっている。我が国にもかっては防空壕があった。私の田舎では、どこの家にも芋を貯蔵する穴蔵があり、空襲のときにはそれで助かった人も多い。
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新聞の投書に、一平方メートル足らずの「ミニ防災用品備蓄庫」を庭に設置しているという例があった。家族四人が三日間生活するのに必要と思われる水、食糧、燃料、炊事道具、シート毛布類、医薬品、ライト兼ラジオ、防災頭巾や手袋、消火器などを備蓄しているというものである。自分の身を置くほどではないにしろ、家財を守るには有効である。


地震の時は地下なら安全か

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地下鉄はかって安全だと言われていた。ところが、阪神・淡路大震災で天井がホームのギリギリまで崩れ落ちたのを目の当たりにして、多くの人は、地下の安全神話がもろくも崩壊したと受け止めたようだ。しかし、地下は本当に安全ではなかったのだろうか。もし、日中、同じ場所の地上と地下に同じ数の人間がいたとしたら、おそらく地下よりも地上にいた人のほうが被害は大きいはずだ。地下が地震に強いというのは、造りつけの家具が家と一緒に揺れるのと同じ原理で、地下の構造物が地面と一緒に揺れているからである。これに対し、地面の上に載っているものは、固定されていない家具が揺すられるのと同じで、首振り現象が起こるのである。
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倒壊した家屋の多くは、実は、地上の建物は潰れているのに基礎は残っているのである。倒れているピルの地下部分も設備が壊れたりひび程度は入るが、崩壊するようなことは少ない。断層が建物の真下を通らない限り押し潰されることもない。地上の建物の尋常とは言えない壊れ方は、地下と地上建造物の耐震性の差を如実に物語っているのだ。


非常照明でパニック防止

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阪神・淡路大震災が起きたのは未明の五時四六分。停電のさなか、懐中電灯のありかもわからず、暗闇で身を縮めていた人も多かったろう。懐中電灯は、置き場所を決めていても、揺れで吹き飛ばされてしまうこともある。できるなら、室内の決められた場所に数か所、柱や壁にしっかり固定し、暗闇の中でもすぐに使用できるようにしておくとよい。乾電池の腐敗防止のために電池を取り外している人もいるが、これでは非常時に無用の長物と化してしまう。しかし、こんなとき非常照明があれば便利である。バッテリーが内蔵されていて、通常通電しているあいだは消えているが、一度電気が切れるとポッと点灯する仕組のものである。これとは別にバッテリー内蔵型の簡易スタンドがあれば、少なくとも暗闇の中で何が起きているかわからないという恐怖感はなくなり、パニックからも逃れられる。
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非常照明は懐中電灯を探したりライターをつけて探す以前に用意すべき必需品であり、寝室には確実につけてほしいものである。バッテリーだからやがて切れるのはやむを得ないが、それでも、揺れている瞬間と直後一時間くらいの中で明かりがついているということは、どれだけ人に安心感を与えるかわからない。


ライフベッドをお勧め

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阪神・淡路大震災で大きな被害を受けた長田区の市立西市民病院は、7階建ての5階部分が完全に崩れた。5階には、46人の患者と3人の看護婦計49人が閉じ込められたが、48人が奇跡的に助けられた。崩れた天井と床との透き間はたったの80センチしかなかった。なぜ助かったのか。ベッドの脇についていた転落防止柵がガードの役目を果たし、体が押し潰されるのを防いだのである。また、ベッドから放り出されたと同時に下にもぐり込んで助かった人もいたらしい。上から大きな物が落ちてきた場合でも、ベッドなら転落防止柵やパイプの角が障壁となり、全身を押し潰されることはない。マットがクッションとなりキャパシティもある。本やスタンド、水差しなどが置けるヘッドボードつきのベッドもあるが、これなどはレーサーのサポートと同じ役目を果たしてくれる。ヘッドボードのおかげで、天井が落ちてきたときに足をケガしたものの顔が助かったというケースもある。病人や高齢者、体が不自由で敏捷に行動できない人には、カプセルのような「地震に強いベッド」というものがあってもよい。阪神・淡路大震災の犠牲者の半数以上は、60歳以上の高齢者であり、老朽化した木造家屋に住んでいる人が多かった。高齢者に機敏な行動を求めることはむずかしい。寝たきりのお年寄りは地震には無防備となる。
地震はいつあるかわからないので、対策は早ければ早いほど良いでしょう。←こちらのサイトでは不動産関連情報を取り揃えております。
四人に一人という超高齢化時代を迎えて、「家屋が人を殺す」ような大きな地震が起きた場合、家が崩壊してもビクともしない「救命カプセル」があってもいいのではないか。ガードつきで、防災用品がいっぱい収納できるようなライフベッドだ。強い揺れを感じたら自動的にベッドのマットがストンと沈むというような、マンガチックではあるけれども、これも将来の商品開発テーマとして真剣に取り組んでもいいのではないか。


テーブルの下に隠れると言っても

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地震が起きたら、揺れがおさまるで無闇に動き回らないことが大切である。とくにマンションや団地では、あわてて外に飛び出さないことが肝心だ。マンションの本体は崩壊しなかったが、非常階段が崩れ落ちたケースも少なくなかった。仮に、機敏に非常階段を逃げ降りたとしても、途中で非常階段が崩れたら逃げ場を失う。外壁や高架水槽などの落下物でケガをする危険性もある。ベランダはどうか。エアコンの室外機はやむを得ないにしても、大きな収納や段ボール箱が置いてあったり物置となっているようであれば、逃げ場を失い助からない。そもそも張り出したベランダは、構造的に弱いつくりになっており、重いものを置くなどもってのほか。ベランダへのモノの放置に対しては、法的規制が必要なくらいである。西宮市で被災したOLは、台所にいた母はテーブルの下、本人は家が崩れてもすぐ飛び出せるよう玄関のドアをすぐに開けたというが、これは大正解。ドアがゆがんで閉じ込められる恐れがあるので、動ける余裕がある場合は、ドアや窓をまつ先に開放して出口だけでも確保しておきたい。万一、エレベーターに乗っているときに地震が起こったら、すぐにすべての階のボタンを押し、止まった階で降りる。地震時管制装置がついている場合は、地震発生と同時にもよりの階に停止するので、そこですぐ降りるようにしたい。学校では、地震がきたら机の下にもぐれと教えられる。では、家の中でとっさに身を隠せるような安全な場所はあるのか。四本足のテーブルである。この下に隠れた人は助かっている。神戸市のある主婦は、地震の起きる直前、食堂で子供たちの食事を作っていた。そこへ突然の暴音とともに激しい揺れ。びっくりしてテーブルの下にもぐりこんだ。ほこりがボワーッと立ち上がり、隣家の瓦が落ちてくる音がした。重さ30キロほどのワイドテレビが3メートルあまりも放り出され、下にあったストーブはペシャンコ。揺れがおさまり、冷静になって辺りを見渡すと天井の梁まで落ちていたと述懐している。「足が立たず、何もできませんでした。四本足のテーブルがこんなに頼もしいとは思わなかった」とその主婦は感想をもらしている。
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同じテーブルでも、真ん中に一、二本足がついた酒落たテーブルは地震には弱い。落下物の重量に耐えられず、ものの見事に足がパーンと折れてしまう。照明器具が落ちたり、物が放物線状に飛んできたときには、大きな四本足のテーブルのほうが安定している。上から落ちてくるものから身を守れると同時に、下に隠れることによって冷静になれる。ふだんはテーブルやベッドとして使えて、地震のときには中に隠れることができるカプセルのようなものが欲しい。


火を気にするよりも命を!

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「グラッときたら、火を消せ」というのが、防災教育の第一条のように言われている。関東大震災からの教訓だろう。ガスが普及していなかった当時、火災の主な原因は薪や炭、コタッの火だった。阪神・淡路大震災では、出火原因の六割は電気・ガスという、神戸大グループの現地調査結果もある。ガス管から漏れて室内に入り込んだガスが電気の復旧と同時に発火、あるいはロウソクの火の引火、電気が戻った際の漏電やショート、耐震装置がついていない旧式のストーブが火元になったケースもあるという。一か所から火の手が上がれば、たちまち辺り一面は火の海に包まれる。揺れを感じたらすぐ火を消せというのは当然のことだろう。しかし、「地震だ、火を消せ!」も時と場合によることはいうまでもない。阪神・淡路大震災の場合は、地鳴り、激しい揺れ、暗闇の中、身動きできず目の前に天井が迫ってきて、ガスの元栓を閉めるどころではなかった、というのが被災者の大方の声である。新幹線の高架橋が壊れるほどの直下型地震である。テレビが目の前を吹っ飛んでいくような激震の中で、火を消せというほうが無理だ。こんなときは「自分にふりかかるものから遠ざかれ、すぐ飛び出すな」である。どんな地震でも立っていられないほどの大きな揺れは一.二分でおさまる。布団でも座布団一枚でもいいから、まず頭を守ることを第一に考え、物陰に身を伏せる。大切なのは何よりも命だ。揺れがおさまってから、なお余裕があれば火を消せばいいのだ。
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東京ガスが供給する家庭の九五%には、震度五クラスの揺れを感じると自動的にガスを遮断するマイコン制御装置が設置されている。センサーが地震を感知するとガス供給を停止すべき地域が割り出される「地震時導管網警報システム」もすでに実用化が進んでいる。阪神・淡路大震災では、マイコン制御装置が作動しなかったと一部でささやかれているが、その元の引き込み管が折れた疑いが強い。石油ストーブも大半は耐震性になっている。揺れているときに危険を犯してまで火を消すより、文明の利器を信用するほうが安全という場合もある。問題は不運にも火災が発生してしまったときにどう対処するかだ。阪神・淡路大震災の場合、火災を大きくした原因の一つに初期消火がうまくいかなかった点が指摘されている。ある研究機関が行った被災者への聞き取り調査でも、火災の発生が多かった割に消火器が使われた形跡はあまりなかったという。たいていの家庭には消火器が設置されているが、台所に置いてあるというケースが少なくない。しかし、一番火の出やすいところに置いたのでは、イザというときに消火器がとり出せない。火元から三メートル以上離れた場所か、家の玄関口ないしは外に置くのが望ましい。